短い夏に差し掛かり、白夜に近くなったユーコンでは、深夜にあたる時間でも十分に活動できるほどの明るさへと変わた。
カナダの北部に位置するユーコン準州は、一年の2/3は冬に閉ざされ、州都であるホワイトホースですら、1年の平均最高気温は、わずか5℃だ。山間部には、今も多数の氷河が残っており、かつて氷河が削り造った険しい山々が連なり、美しい光景が続いている。
遠くから眺める美しい山々は、近づいて見上げてみると、あまりの険しさに息を飲む。植物の自生を許さないほどの厳しい斜面は鋭くそびえ立ち、氷河によって運ばれた岩が転がっている。
そんな中を、ドールシープの群れが悠々と進んでいた。
彼らは、クマやオオカミなどの天敵を避けるため、自ら足場の悪い環境で生活している。もちろん、彼らの身体はそういった環境に適応しているため、そんな斜面や岩場を歩くのは難しくないようだ。我々人間が、冷や汗をかいてしまうような危険な崖でも、彼らにとっては朝飯前の準備運動といったところだろう。
そんな彼らを写真に収めるために、斜面を直登。
トレイルがないので、彼らの移動ルートを考えながら標高を上げる。掴んだ岩が浮き、足場が滑る斜面は、息もどんどん上がる。高校や大学の部活で柔軟体操を怠ったツケが回り、思うように足が開かない。もはや昔取った杵柄は、遥か前に存在を消してしまったようだ。
やっとの思いで登頂しドールシープ達を待つが、一向に姿を現さない。
まさかと思い、斜め先の山の斜面へと目をやると、先ほどの群れがさらに上げて標高を上げて移動している姿を見つけ、唖然。
どうやら、途中で群れが散らけ、移動方向を変えてしまったのである。
立ちすくんでいる間にも、彼らはどんどん進み、山の陰へと消えていってしまった。
彼らにアプローチすることを断念し、振り返って見ると、
なんと自分の登って来た斜面に別のグループがいるではないか。
しめたっ!
シープ達の中には、斜めの斜面に腰を下ろす者や、少し生えている地衣類を食べる者がいて、その場所に留まっているのだ。
足場の悪い斜面を急ぎ足で引き返し、彼らを驚かさないように十分に距離を取りながら観察に入る。その群れは、自分の登った道をゆっくりと進みながら、距離を縮めて来た。
幸い、彼らは私を危険な生物と認識しなかったようで、止まっている自分の横を悠々と歩きながら、時間を掛けて山の斜面へと消えていったのである。
ゆっくりとドールシープ達と過ごすことができ、日も沈んで静まり返った山を、オオカミの遠吠えが響き渡った。遥か遠くを走る3頭のオオカミと共に、目の前に広がり続ける険しい山々は、空間の広がりを美しく際立たせ、自然の魅力を雄弁に語る。
この情景は、その日の疲れを完全に吹き飛ばしてしまうほどの美しさであった。