長かった冬が終わり、ユーコンにも短い夏が訪れた。
ハイキングトレイルの脇には、プレイリー・クロッカスが咲き乱れ、ルパインやタンポポへと徐々に花が移り変わり、季節の移り変わりを体で感じることができる。
この短い季節の間に、動物たちは子育てを行い、繁殖期の秋に向けて活発になるので目が離せない。
ふと、山の斜面に目をやると、山の斜面にマウンテンゴートが日陰で休んでいた。
彼らは、クマなどの天敵から逃れるために、あえて険しい崖で生活し、その長い蹄でしっかりと岩をつかむように歩いていく。人間にとって危険な岩場も、彼らにとっては「ただの道」であり、自分が息を切らせながら登った斜面を、何事もなかったかのように登って行ってしまう。
その日も、8頭のマウンテンゴートが雪の残る崖を足早に歩いていた。
その中には、子供のゴートもおり、母親が振り返りながら、気遣いながら歩いている。
幸運なことに、そのマウンテンゴートの歩く位置は、まだ登れない高さではなく、手早く機材をまとめ、斜面をゆっくりと登っていく。こんな時は、携帯性の良い望遠レンズが役に立つ。切り立った崖では、足場が悪く、三脚を立てることが難しいからだ。
無事に、マウンテンゴートが自分の位置を通り過ぎる前に、目標の場所に到着し、呼吸を整えてから、彼らが通り過ぎる場所を予想して待ってみる。
まだ、幼い子ゴートと母親を、崖と湖を入れて撮ることのできる良い位置だ。手前には崖の陰で、彼らが近づいてくることが見えないが、ここは信じてよしとする。
だが、問題なのは足場だ。不安定で、簡単に崩れてしまうような岩場である。
手ぶれ補正のない望遠レンズを使うには、安定した姿勢でレンズを構えなくてはならない。
非常に体の硬い私は、このように足場の悪い場所で思うような体勢をとることが難しい。高校の部活で、あれだけストレッチしていたにもかかわらず柔らかくならなかった体は、もはや天性のものだろう。
なんとか、安定してカメラを構えられる体勢を見つけ、じっと彼らが近づいてくるのを待った。
予想は大きく外れた。
なんと200mも手前から、さらに高度を上げて、山の反対側へと消えていってしまったのだ。これだから、野生動物の撮影はやめられない。
さらに野生動物写真の虜になる瞬間であった。